懐かしい方との偶然の再会は、昭和六三年の夏のことだった。スウェーデンのウプサラの教会入口ですれ違う人波の中に大学の同級生のＩさんを見付けて、お互いに思いがけない奇遇に驚き、喜び合ったことが発端だった。Ｉさんは、ご主人の旧制松山高校の同級生夫妻数組とグループを組んでの北欧旅行中であり、私は娘が居住するロンドン発のツアーに参加して数ヶ国の人々と一緒に北欧を旅行していた際の出来事だった。
　その二、三日後、次の訪問国ノルウェーのガイランゲルでも同じホテルに泊まり、食堂で再び顔を合わせることになった。度重なる偶然にＩさんも感激のあまり、旧制松山高校のツアーグループの人々に二度の出会いの話を伝え、私の旧姓（劉）という名字と千里山出身ということを付け加えられたところ、今度は、その話に驚く方がおられた。その方が１４回生岡本（山崎郁子）さんで、すぐさま私のところへ会いに来て下さった。実に千里山以来４０数年振りの再会。しかも日本から遠く離れた北欧ノルウェーの地で。こういうことが、生きていることの嬉しさ、喜びなのだと実感できた瞬間だった。

ウプサラ教会（近景）

　話は戦時中にさか上る。当時父は、扇町の北野病院の副院長の職にあり、私達家族は東区に住んでいた。昭和十八年に入ると、市内の小学校でも学童疎開の話が出始め、父も、通勤可能な地で市内よりも安全な処に、避難先を求めたいと考え始めていた。そんな折に、当時の末廣先生から紹介していただいた家が、郁子さんの父上が借家用に新築なさっていた家の一つだった。当初は荷物を疎開させる考えだったようだが、戦況の悪化に伴って大阪の家は残したまま、急きょ一家をあげて千里山に移り住むことになった。昭和十九年の始めのことで、私も四年生で千二小に転校した。
　住まいは当時の千里山の住宅地の一番西の奧にあり、家の前には郊外学園と呼ばれていた公園が拡がり、公園の北側は砂山に続いていた。大阪市内から移って来た私には、まさに別天地でよく砂山登りも楽しんでいた。
　当時の郁子さんは茨木高女の女学生。小学四年生の私には、優しいお姉さんだった。上のお姉さまが住んで居られた隣の家の前を通り抜けると、地続きで山崎さんのお宅に行けたので、時々お使いや遊びにも伺った。お風呂の具合が悪くなった折には、大屋さんのお風呂を借していただいて、郁子さんとご一緒のお風呂に入れていただいたことも、懐かしい思い出となっている。
　郊外の生活の珍しさを楽しんだ日々も束の間、昭和二十年に入ると何度も防空壕に入る日々となった。勤労動員されて工場で働いていた姉や兄が、工場爆撃を受けたあと、徒歩で戻って来た日のことや、大阪市内の空襲のあと、父の無事を案じて下の噴水の所で待っていたことなどを思い出す。北野病院の爆撃は、幸い地下室の被害に留まったものの、扇町公園に患者さん方全員を運び出して避難させるという重責を果たして、疲れ切って戻って来た日の父の様子も忘れられない。
昭和二十年三月の空襲で、大阪の家も焼けてしまい、お借りしていた家も、当時の家族六人には手狭となっていたので、円山町に家を見付けて移ることになった。その後間もなく終戦を迎え、五年生の二学期からは円山町よりの通学を始めた。懐かしい日々の思い出は数多くあるものの、その後は郁子さんとお会いする機会もないまま、思えば四十年余りの歳月が流れてしまっていた。

　北欧の地での思いがけない再会に感激し、思い出話に花咲かせた翌朝、我々のツアー団の方が少し先に出発することになった。ホテル前の大型観光バスに乗り込んだ際、同級生Ｉさん夫妻と岡本（山崎）様ご夫妻が、私達のバスを見送ろうとホテル前に並んで立って下さった。
　私達のツァーメンバーの日本人は、我々夫婦だけだったので、ほかの外国人メンバーは時ならぬ見送りに驚いた様子で、「どうしたの？」「あの人達は誰なの？」と次々尋ねて来るので、この地で四三年振りに再会した知人と大学の同級生の二組のご夫婦なのだ、と伝えると、「それはすばらしい。ワンダフル！」と車中で祝福の拍手を始める有様だった。これ又忘れ得ぬ旅の一場面として心に残っている。

　北欧の再会から約十年後、嬉しいことに千里山会が結成され、今では総会の度に郁子さんともお目に掛かり、お互いの健康と再会を喜び合っている。お会いする度に、自然と千里山での日々が目に浮かび、亡き父や母、姉や兄達の当時の姿、山崎さんご一家の方々のお顔が浮かぶ。山崎さんの家が紹介されて初めて私達家族が千里山に住み始めることになった経緯を思うと、ご縁というものの不思議さ、深さを感じる。そしてこの北欧でのめぐり合いも、思い出す度に心温まる気がして、これからも、懐かしく心に残ることと思っている。